30年経験しても、ずっと面白い日本酒の世界 木下酒造フィリップ・ハーパー杜氏【後編】

2023.12.21

けんご

 前編から引き続き、木下酒造のハーパー杜氏へのインタビュー記事です。今回は日本酒づくりのお話や業界に対する思いを聞いています。それでは、後編をどうぞ!(前編はこちら

杜氏になった事と木下酒蔵での酒造り

けんご:酒蔵でのご経験を積まれていた中で、杜氏になるきっかけは何かあったのですか?

ハーパーさん:そうですね、長く勤めていた蔵を辞めるタイミングで「杜氏になる試験を受けてみろ!」と当時一緒に働いていた南部杜氏さんから言われて、南部杜氏資格選考試験を受けました。(※南部杜氏資格選考試験:製造の知識や法律を問う学科試験と利き酒などの実技試験を実施している)一応何とか受かったんですが、次に働く大阪の蔵は杜氏さんが居ましたし、蔵人として3年ほど働いていました。

けんご:ほうほう

ハーパーさん:そんな中、その蔵の杜氏さんが辞めることになり、僕が持ち上がりで杜氏になったというのが最初の経緯ですね。

けんご:おお、杜氏になられた時はどんな気持ちでしたか?

ハーパーさん:それまでも責任感もって仕事をしているつもりでした。3年働いてもいたので、一通りのことは分かっていたつもりですし。だけど実際に杜氏として責任感をもって日本酒を造るというのは全くの別物でしたね。

けんご:責任の重さが違ったんですね。

ハーパーさん:もう、めっちゃプレッシャーですよ。出来ることも増えて面白さもありますが、それと同じくらいのプレッシャーがありました。それは杜氏誰しもが持つ責任なので、そういうものなのです。

けんご:木下酒造とはどんな出会いでしたか?

ハーパーさん:木下酒造との出会いは、蔵を畳もうとしていたタイミングで知り合いから杜氏として働くことを紹介してもらえた事がきっかけでした。酒造に初めて訪れた時、酵母無添加での日本酒づくりができそうな環境があったので、他の蔵にはできない日本酒づくりができそうだなと。

けんご:本来、酵母を添加して日本酒づくりは行われますよね。それをせずに蔵付きの酵母を使う、つまり空気中に自然と存在している酵母を頼りに仕込む手法は、やはり大変でしたか?

ハーパーさん:怖かったですし、最初は麹の力だけで酒米を溶かす「山廃」という手法で仕込もうという点だけ決めていて、実は蔵付き酵母を使う話しはしていませんでした。笑

けんご:え、そうなんですか!笑

ハーパーさん:ある程度まで仕込んで発酵が進んできたタイミングで社長に「実は無添加なんです」と伝えました。かなり驚かれましたが。笑 そうして出来た日本酒は酒屋さんの反応も良くて、今まで出した日本酒と比べて格段に注文なども貰えましたね。

けんご:す、すごい話。。アイスブレーカーやタイムマシンなど個性的なお酒づくりをされていますが、そういった発想はやりながら思い付くのか、ある程度狙いを持って考えられたりするんですか?

ハーパーさん:どちらもですね。アイスブレーカーやタイムマシンは夏場だと日本酒が売れないという現状があったので、それに対して出来る事として開発をしました。アイスブレーカーはロックで飲む日本酒として、タイムマシンはアイスにかけて楽しめる日本酒、というように。

けんご:なるほどー。そういった新商品の開発などは常に考えていたんですね。

ハーパーさん:考えていたというより、蔵元である社長から「新しいことをやって欲しい」というオーダーが常にあったので、それに応え続けたという感じです。杜氏ってそういう仕事じゃないですか、蔵元の意向を汲み取りながら日本酒づくりをする。

けんご:確かにそうですが、それに応え続けたハーパーさんがすごいです。

けんご:これから造りたい日本酒のイメージなどはありますか?

ハーパーさん:今は熟成酒を会社としても推しているので、真新しいお酒を作ろうという感じではないですね。熟成した年代に応じて毎年新しく出てきていますし。そういった意味では種類をもう少し絞るとかは考えています。

けんご:玉川といえば熟成酒が有名ですよね。香りや酸味が新鮮で美味しい搾りたての日本酒と比べて、まろやかでコクのある熟成酒は経年で味の変化も楽しめますし、僕も大好きです。やはり熟成酒は作っていて面白いですか?

ハーパーさん:面白いし、熟成酒が一番美味しいと思っています。なかなか他の蔵も真似しようとしてできる事ではないじゃないですか。差別化も意味もありますけど、出荷するまでに時間はかかるし、貯蔵しておく為の場所も必要、数年経たないと味も分からない。そんなことできる蔵はなかなか無いですよ。

けんご:確かに。数年経ってみないと分からないと思うのですが、ある程度逆算しながら作られてはいるんですか?

ハーパーさん:この世界に入って最初にお世話になった杜氏のときから熟成酒は作っていたので、こういう造りをして時間が経つとこうなる、というのはある程度分かっていました。それでも行程を少し変えたり、表現方法を工夫したりすることで味が変わります。貯蔵温度などによっても、もちろん変わりますし、試行錯誤しながら造っていますね。

けんご:お、奥深い、、全国的では他にも熟成酒を造っている蔵はあるんですか?

ハーパーさん:少しずつ増えているとは思いますが、まだまだ少ないと思います。やはり、経営としては出荷まで時間がかかるリスクがありますし、本気で熟成酒をやるという意気込みが経営者にも無いと実現できない。

けんご:確かに、個人が好きな日本酒を寝かせて楽しむくらいなら出来ますが、会社として熟成酒を安定供給し続けるって至難の業ですよね。

ハーパーさん:そう、だからわざわざそんな大変なことをする会社は居ない訳だし、流行りの味や香りの日本酒を造って流通させた方が収益には近道ですよね。

日本酒業界に対する思い

けんご:日本酒の世界に入って長くお仕事されていますが、日々感じられていることや、こうしていきたいという思いはありますか?

ハーパーさん:造り酒屋はどこも歴史が長いじゃないですか。木下酒造も長年つづく酒屋であって、そんな蔵が日本にはたくさんあって、その背景自体が面白い。この仕事をして30年になりますが、今だにずっと面白いと思って日本酒づくりをしていますね。

けんご:過去のインタビューでも、海外に向けてもっと日本酒を広めたいという事をおっしゃっていたのですが、それは変わらずですか?

ハーパーさん:海外に向けても、もちろんありますが日本国内でもっと日本酒造りの面白さや、酒蔵で働くことの価値を上げたいですね。先日参加した日本酒のイベントも昔に比べて若年層も増えてきたとは言え、じゃあ若者の何%が日本酒が好きなのか、でいうとまだまだ好きな人の割合は少ないと思っています。

けんご:確かに、身の回りで日本酒好きの若者は限られていると感じます。

ハーパーさん:その中から杜氏や蔵人の仕事を知ってたり、その仕事の面白さを知っている、という人は更に限られる。こんなに面白い仕事なのに。大変な仕事ではあるし、常に誰かから称賛されるような仕事ではない現状もあるが、だからこそもっと蔵人として働くことの価値を上げていきたい。

けんご:よっぽどなファンじゃないと、日本酒づくりの過程までは知らないですよね。

ハーパーさん:そう、業界としての出荷量は人口減少やアルコール自体の摂取量が減っている傾向から右肩下がりがずっと続いているし、それが止まらない現状は何かかが間違っているんだと思います。もちろん出荷量が全てではないが、もっと待遇良くなったり、働きがいを感じて、人が集まるような業界にしていかないといけない。

けんご:確かに、僕も日本酒が好きで蔵人としての経験も少しだけあるので、その面白さや、やり甲斐ある仕事だという実感は働いたからこそ感じていました。

ハーパーさん:面白さを伝える為にも色んなラインナップの日本酒を造ったり、熟成酒もその一つ。より付加価値の高い日本酒を造って、興味を持ってくれる人が増えたり業界を面白がってくれる人が増えたらいいじゃないですか。

けんご:そうですよね、過去に比べて高い付加価値をつけて売上を伸ばしていくようなことも必要ですよね。

ハーパーさん:30年前は2000社ほどあった日本酒蔵が半分ほどになってしまった訳で、出荷量もどんどん減っています。それで利益を各々の会社が出せていれば問題ないですが、そういう状況でもない。長い歴史の中で危機的状況であるとしか言いようがないと思いますね。

けんご:確かに

ハーパーさん:日本国内どこも人手不足で、日本酒蔵も大体どこも人手不足で苦しんでいる。そもそも日本の人口減という現状はあるけど、働き手を求める競争の中で、他の業界に比べると日本酒業界は今めっちゃ弱いですよ。過去に出された業界紙でも、人手不足や人材の多様性は課題だと上げられているのに、それを一向に解決できていない。やっぱり待遇も良くて面白い仕事をどんどんしていかないといけない。手前みそになりますが、木下酒造の蔵人たちは仕事が楽しいと感じているから続けてくれているのではと思います。

けんご:確かに、業界としての価値アップですね。

けんご:最後になにか一言いただけますか?

ハーパーさん:そうですね、妻に迷惑かけてきた部分もあるけど、日本酒にハマってから30年同じことを飽きずに仕事としてやってこれたことは恵まれていると思っています。それは日本酒そのものの面白さが全てで、生まれてくる環境であったり、プロセスであったり、味であったり。それがもっと色んな人に知られて喜ばれるようなお酒を造っていきたいですし、もっと会社の業績を上げていけるようなことをして、皆が幸せになれるようなことをしていかないとアカンですよね。

けんご:なるほど、なるほど。

ハーパーさん:それに向けて、色んな取り組みもしているし、良い方向には向かっていく思っています。一次産業である農業から始まる本当に面白い世界だし、日本酒を知らない人生なんてもったいないと思ってますよ。30年経っても未だに。笑

けんご:本当にそうですよね。本日は、ありがとうございました!

▼玉川 – 木下酒造有限会社
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