「仕事」について聞く。考える。刀鍛冶編

2022.6.23

Inamoto Shinya

昔、コピーライターの糸井重里さんが代表を務める「ほぼ日刊イトイ新聞」というウェブメディアにハマっていた時期がありました。その中で『21世紀の「仕事!」論』という企画があり、不定期の更新がとても楽しみでした。

スタッズ・ターケルさんの著書「仕事!」の21世紀バージョンだと冒頭に説明があり、様々な職業の方にインタビューをした口述記録でした。そこに書かれていた「仕事の話っておもしろい」という言葉にとても共感しながら読んでいたのを憶えています。

残念ながら最近はあまり更新されませんが、現在では自分もメディアを運営するようになりました。たんぽけでも、丹後の「仕事」や「人」にフォーカスしたインタビューを増やしていきたいと考えています。

今回ご縁があり、新進気鋭の刀鍛冶集団「日本玄承社」の皆さんにお話を聞くことができたので、紹介したいと思います。

職業:刀鍛冶

稲本:皆さんは、 どういう経緯で今の職業に就かれたんですか?

黒本:3人とも大体一緒で、時代劇のチャンバラシーンを幼少期に見て「すごくかっこいい!」となりまして。で、刀の使い手よりも、刀がかっこいい。自分もあの刀を作りたいと、自然に刀鍛冶を志すようになりました。

左から宮城さん、黒本さん、山副さん

稲本:どういう時代劇を見てたんですか?

宮城:剣客商売とか鬼平犯科帳をずっと見てました。もちろん世代ではないですが、母親が見てたんです。

黒本:自分は作品名は知らず見ていました。暴れん坊将軍や必殺仕事人だったかもしれないですが、「るろうに剣心」などのアニメも含め、チャンバラをやっているとブラウン管のテレビに釘付けになって見てました。

山副:3人とも似たような子どもだったんだと思います。

稲本:なるほど。そのあと、どうやって刀鍛冶になったんですか?

山副:一応資格みたいなものがありまして、 刀鍛冶のもとで最低5年間の修行をしなければいけないという決まりがあるんです。なので、この3人は同じ師匠のもとで修行をし、試験に合格して刀鍛冶になりました。

黒本:なので、基本的には展示会やインターネットなどで師匠を探し、弟子入りするんです。ただ、簡単に弟子にはしてもらえない。自分の場合は弟子入りできるまで通い続けようと、先に引っ越しました。

稲本:弟子入りが決まってないのに?

黒本:はい。

稲本:それぐらい情熱と覚悟がある方じゃないと弟子になることすら難しそうですね。弟子になったあと、修行は何から始まるんですか?

黒本:最初は燃料の炭を切るところからです。購入した塊の炭を、仕事のしやすい大きさにカットしていきます。

稲本:当たり前かもしれませんが、誰もがイメージする刀を打つ作業までの道のりは長そうですね。

宮城:はい。そういった雑務も含め、まず師匠のやっている仕事を必死に見て覚えます。そして、できると思ったらやらせてもらう。そこでわからないことは質問して解決し、少しずつできるようになっていくって感じです。

山副:本当に口で説明するのが難しい技術なので、ひたすら見て盗むって感じですね。他にも刀鍛冶の道具は売っていないので、自分達で作らないといけない。道具を作りながら、使い方についても学んでいきます。

稲本:え?道具って買うんじゃないんですか?

黒本:はい。道具を作るための道具を作ったり。(普通の感覚だと)わけがわからないですよね。

一同:(笑)

稲本:使っている道具が自作なのはびっくりしました。ところで、皆さんが見ていた時代劇で刀を使う場面って過去のものですよね。現在そのような用途で刀を使うことは無いと思いますが、どんな方が刀を購入されるんですか?

黒本:そうですね、美術品として買う方、日本刀の精神性を理解されて買う方、伝統的な技や文化を守る若手応援の意味で買ってくださる方などです。あと、居合(古武道)で使う方も買われます。

稲本:昔の用途や居合だとよく切れることが良いという評価につながると思いますが、美術品として見たときに刀の良し悪しというか美しさって、どういう風に見ればいいんですか?

黒本:刀って機能美なんです。形状や焼きの入り具合など様々語られますが「よく切れる刀は美しい」というのが根底にあります。

稲本:ということは、本来の用途で使わなくなった今でも”切る”という性能を追求しているということですよね?

黒本:その通りです。

山副:稀に刃が切れない状態で売って欲しいという話もあるんですが、それだと見た目の美しさがすごく損なわれてしまうんです。なので、そういったご依頼は基本お断りをさせてもらってます。それくらい、性能と美しさは同じ意味を持っているということです。

稲本:なるほど。では、どうしたらその”よく切れる刀”になるんですか?

宮城:もちろんすべての工程が重要なのですが、例えば刀の材料は玉鋼(たまはがね)と呼ばれるものです。これは島根県で生産されているものを購入しますが、届いた状態ですぐに刀の形に整形できるわけではなく、鍛錬(たんれん)という工程で素材として使える状態にしていきます。ここで材料の状態を見極め、如何に良い鋼にしていけるかが最初の重要なポイントですね。

黒本:年によって玉鋼の出来が違うんです。粘りがあったり無かったり、固かったり柔らかかったり。それを必要に応じて特徴の違う玉鋼を混ぜ、鍛錬の仕方で調整していきます。

山副:材料の時点で良し悪しの基準は一応あるものの、良い材料を使えば良い刀ができるという単純なものではないんです。粗悪な玉鋼から作った方がむしろ良いものができたという場合も往々にしてあります。

稲本:材料の良し悪しが結果に直結しない。面白いですね。正解が無限にあって「口で説明するのが難しい技術」ということの意味を少し理解できた気がします。

稲本:刀鍛冶って今、日本にどれくらいいるんですか?

黒本:正確な数はわからないですが、刀だけで生計を立てているという意味では50人以下だと思います。感覚的にですが。

稲本:想像してたより少ない印象です。業界的に売上や規模って変化してるんですか?

山副:買う人が少なくなっていて、全体的に値段も下がってます。

稲本:なかなか厳しいですね。

宮城:とても高価なものなので、景気にもかなり左右されます。あと、日本刀に興味を持つ日本人が少なくなってます。日本刀の魅力や精神性を理解されている方が3、40年前までは多かった。出世をする過程や、結果として日本刀を持ちたいって文化が昔はあったそうなんですが、それが継承されなかったんですね。

稲本:僕もそういう価値観に触れたことは無いですね。

山副:例えばですが、日本刀差し上げますって言われて、すぐに受け取る人ってあまりいないと思うんです。

稲本:うーん、想像すると確かに。貰ってどうしようとか、ちょっと危ないかもって考えが先に浮かびます。

山副:そうですよね。他にも、日本刀を所持するのに特別な何かが必要だと思われてる方も多いです。

稲本:猟銃のように定められた保管場所が必要だと思ってましたが、どうなんでしょう?

山副:資格や免許、保管場所の証明など全く必要ありません。(※所有者名義の変更のみ必要です)

稲本:へー。確かに、難しそうなイメージがあるだけで全くの無知です。

山副:そういったネガティブな印象がだけが強まっている気がしています。ただ、日本刀という文化的な側面には、なんとなく誇りを持ってはいる。侍ジャパンみたいな。

稲本:言われてみて、確かにその通りだなって思います。侍とか日本刀って海外の方から人気ありそうですが、そのあたりはどうですか?

山副:実は、海外の方が日本刀を購入されることは少なくないんです。なので、そういった情報発信を宮城が頑張ってくれていて。

宮城:Facebookを英語で頑張って更新したり、YouTubeなどにも力を入れてます。

稲本:そうなんですね。

宮城:もともと師匠が海外の展示会に出されていたり、そういうお客さんが多かったんです。なので、需要があることはわかっていて、自分達もビジネスとして海外をかなり意識しています。

山副:あと、日本人にもう一度関心を持ってもらうには、海外で評価されるのが実は近道かもしれないと思うこともあって。

稲本:逆説的ですが、日本人ってそういうところはありますよね。そして、禅など日本古来の思想や文化って海外でとても人気ですよね。

宮城:海外の方は、さっきお話ししたようなネガティブなイメージが無い分すんなり伝わる部分もあったりします。

黒本:そのあたりの本質的な話をすると、日本刀ってすごく古いものも多く残っていて、数百万本が現存してるんです。本来は戦うための道具に過ぎないはずなのに、人から人へ時代を超えて大切に受け継がれてきました。戦いにおいて、刀を抜くのって本当に終盤で、生きるか死ぬかが決まる瞬間です。そこで自分を守ってくれるものでした。

稲本:なるほど。

黒本:他に実用的な武器がたくさん出てきても、多くの人々が刀を持っていました。これは、今で言う「お守り」に近い意味合いです。冒頭にお話しした日本刀の持つ精神性の部分で、他にも自分自身を戒めるものであったり、自分を写す鏡だと言う人もいます。綺麗事に聞こえるかもしれませんが、武器であって武器ではないんです。

稲本:それを理解すること、そして、持っていることに意味があると。

黒本:はい。そして、最後に自分を守ってくれる刀の性能は非常に大事です。本来の使い方をしなくなってからもその本質は変わらず、そこに宿る美しさがあるのです。

稲本:最初に仰っていた「よく切れる刀は美しい」ということですね。

黒本:まさに、表裏一体です。そこに至るための修行がまだまだ必要。探究が尽きることは無いですね。

〈おわり〉